エーゲ世界 3
時代が進むとともにクレタが成長して、海上活動は束地中海に及び、キクラデスはもとより、本土の一部も勢力圏につつみこみます。
このクレタ文明はオリエントの先進文明と肩をならべるほどに高く、また独創性をもっていて、エーゲ文明の本体ができあがるのです。
ところが前15世紀の半ばになると、以前から興っていたミケネ人の蓼力が強大になって、クレタに代って海としてクレタの覇権よりは広く、その文明は広く拡がります。
ミケネ文明はクレタ文明を全面的に受けいれて、エーゲ文明の後期を代表します。
しかしこのミケネ人はギリシア人と同じインド・ヨーロッパ人種ですが、クレタ人は地中海人種であって、そこにクレタ文明は変容します。
・・・このようなエーゲ文明のなかの諸文明の消長と交代をもう少し詳しくしめすと、絶対年代に多少の差はありますが。
ミケネ時代の領主たちの住居は、クレタ宮殿とは構成では異なっていたけれども、内部装飾の主たるものは、クレタを模倣した壁画でした。
メガロンをはじめ重要な部屋はクレタ宮殿と同じように、周囲の壁ばかりか、天井、長押の上、腰羽目などにも壁画が描かれていました。
ピュロスの発掘者ブレーゲンはその著書に、壁画で少しばかりけばけばしいほどに華麗なメガロンの想像図をのせています。
玉座の背後の壁にはグリフィンと獅子が相対しており、他の壁面には鹿、岩にかけて竪琴をひく女性、飛ぶ鳥が描かれています。
天井や長押の上は花文、連渦文、市松文が彩り、漆喰の床には碁盤目をひいて幾何学文様を納めています。