連盟の運営 2
連盟の設立にもっとも力をいれていたウィルソン大統領のアメリカは、世界的役割を担うことに消極的だった議会の姿勢を崩せず、初めから参加しないことになってしまいました。
ドイツは1926年に参加することが認められましたが、1933年には脱退してしまいます。
ソ連は1934年に参加が認められるのですが、1939年には除名されます。
設立当初からの加盟国だった大国の中でも、日本は1933年に脱退してしまいました。
・・・このように、連盟で中心的役割を担うはずだった肝心の大国の構成自体に出入りがあったこと・・・
また、これら大国が連盟を無視する行動に訴えるようになることによって、連盟の影響力が有効に発揮されないことになるのです。
この苦い経験は、のちに国連の創設に当たって教訓として取り入れられることになります。
国際機構の問題を考える場合、もう一つ見落してはならないものに財政問題があります。